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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)756号 判決 1975年10月03日

原告

大宮義照

大宮リツ子

原告ら訴訟代理人

佐々木猛也

外一名

被告

里井伸吾

被告

平山昭夫

被告ら訴訟代理人

米山泰邦

主文

一  被告らは各自原告大宮義照に対し、金三八八万円と、うち金三五八万円に対する昭和四七年三月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自原告大宮リツ子に対し、金三六三万円と、うち金三三三万円に対する同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は一〇分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができ、被告らは共同して原告らに対し金二〇〇万円あてを供託して仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

被告らは各自、原告大宮義照に対し、金五四九万一、二七四円、原告大宮リツ子に対し、金五二一万六、四〇〇円と、これらに対する昭和四七年三月一五日から支払ずみまで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二、被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二  請求の原因事実

一、当事者

(一)  原告らは、訴外亡大宮義彦(昭和四六年三月一二日生れ)の実父母である。

(二)  被告らはいずれも肩書地で開業をしている医師で、被告里井伸吾は、産婦人科、小児科、内科を、同平山昭夫は、小児科、外科、内科をそれぞれ担当して患者の診察、治療にあたつている。

二、診療契約の締結

(一)  大宮義彦は、昭和四六年九月一九日午前〇時ころ、自宅で、三八度を越える発熱と吐き気をもよおし、かん高い声で泣き、顔色は青く、足をつつぱる等の病状を起したので、原告らは、同日午前〇時一五分ころ、大宮義彦をつれて被告里井伸吾方を訪れ、同被告に対し、大宮義彦の右疾病について診察と治療を求めたところ、同被告は、これを承諾し、その診察、治療に当つた。

なお、大宮義彦は、同被告方で同被告の介助によつて出生し、出生後同日まで同被告から健康診断、乳児保健指導を受けていたものである。

(二)  原告らは、同日午後〇時すぎ、すでに発病後一二時間を経過したもののなお前記病状が継続し、好転しなかつたため、その診察を被告平山昭夫に対し求めたところ、同被告は、これに同意し、その診察、治療に当つた。

(三)  原告らと被告らとの間でそれぞれ締結した契約は、原告らを要約者、被告らを諾約者、大宮義彦を第三者とする第三者のためにする契約であり、大宮義彦は、右診療を受けることによつて黙示の受益の意思表示をした。

三、大宮義彦の病状と死亡までの経緯および被告らの診療の経過

(一)  被告里井伸吾は、同日午前〇時三〇分ころ、泣いていた大宮義彦の腹部を押えて触診し、聴診器で診察した結果、前記症状を風邪と診断し、解熱剤を肛門から挿入したうえ風邪薬を投与する治療をし、原告らに「たいしたことはない。明日昼ころ来なさい」と指示した。

(二)  原告らは、同被告の診療後、大宮義彦を連れて帰宅したが、同人の症状は、熱が下がつた点を除き、時々足をちぢめてかん高い声で叫び、一五分間隔で吐き気をもよおし、原告らが同被告の指示に従つて飲ませた投薬、ミルクをすべて吐き出し、発汗するなどの症状が続いた。

(三)  原告らは、同日午前一一時三〇分、再度同被告方に行き、同被告に対し、前記診療後の経過を説明し、腸の病気ではないかと尋ねて精密検査を求めたところ、同被告は、触診もしないで、大丈夫だと述べ、食欲増進薬を手渡し、ミルク、薬は吐いても飲ますよう指示しただけですませた。

(四)  原告らは、同被告の言にもかかわらず、同被告方でなお吐き気をもよおしているのに触診さえしない同被告の態度に不安を感じ、その直後、被告平山昭夫方で、同被告の診察を受けた。

(五)  被告平山昭夫は、大宮義彦に対し、聴打診、腹部を押える(このとき大宮義彦は泣き叫んだ)などの診察をし、原告らから大宮義彦の前記症状、経過についての説明を聞いた後、風邪で腸が弱りかけている旨診断し、熱さましを肛門から挿入する治療をし、被告里井伸吾から手渡された薬を飲ますよう指示した。

(六)  原告らは、帰宅後、大宮義彦の病状が回復しないため、同日午後八時三〇分ころ「赤ちやんブックス」と題する書物を読み、その症状が腸重積症に酷似していることを知り、同書の示唆によつて浣腸をしたところ、血便が出た。

(七)  原告らは、即刻被告里井伸吾にそのことを連絡したところ、同被告は、大阪市立大学医学部附属病院(以下市大病院という)に行くよう指示した。

(八)  原告らは、大宮義彦を連れて市大病院に行き、同病院の医師に症状、経過を説明して診察を受けたところ、腸重積症である旨診断され、同医師は、高圧浣腸による重積修復をしたが、長時間経過していたために困難であつたので、開復手術をした。しかし、大宮義彦は、同医師の治療にもかかわらず、同月二〇日午前五時二三分、腸重積症(五筒状重積症)に伴う急性心不全のため死亡した。

四、被告らの責任原因

(一)  被告らは、医師として人の生命、健康を管理すべき業務に従事しているものであるから、その業務の性質に照し、最善の注意を用いて診療をし、可及的速かに疾病の原因ないし病名を的確に診断のうえ、適宜の治療措置をとるべき義務がある。

(二)  被告里井伸吾は、大宮義彦の疾病が腸重積症であり、その典型的症状を呈していたにもかかわらず、風邪であると誤診のうえ、風邪としての治療をとり続け、昭和四六年九月一九日午前一一時三〇分、原告らが再度の診察を求めた際、大宮義彦の病状が全く好転せず、発病時と同様であつて、既に長時間継続していたのに、触診もしないで大丈夫だと断定し、精密検査もしくは他院に紹介するなどの手続をしなかつた。

(三)  被告平山昭夫は、大宮義彦の疾病が腸重積症であるのに漫然風邪であると誤診し、腸が弱りかけていることに気付きながら、それを単なる風邪のせいにしてその原因を究明しなかつた。

(四)  このため被告らは、早期の高圧浣腸又は手術等による腸重積瘤の重積修復の時機を失わせた。

(五)  従つて、大宮義彦の死亡は、被告らの前記各診療契約上の債務不履行によるものであり、また、被告らの共同不法行為に基づくものであるから、被告らは、連帯して、大宮義彦の死亡によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

五、損害

(一)  大宮義彦の損害

(1) 逸失利益 金四五三万二、八〇〇円

死亡時 〇歳六カ月

就労可能年数 四五年(一八歳から六三歳まで)

平均賃金(月額) 金四万八、九〇〇円

生活費控除 二分の一

48,900×12×0.5{28.0865(63年のホフマン係数)−12.6032(18年の同係数)}=4,532,800

(2) 慰料金 一〇〇万円

(二)  原告らの相続によつて取得した債権額各金二七六万六、四〇〇円

以上の合計額金五五三万二、八〇〇円の各二分の一の額

(三)  原告ら固有の損害

(1) 慰藉料 各金二〇〇万円

原告らは、婚姻後五年にしてようやく出生した最初の最愛の子を失い精神的苦痛を受けたもので、それを慰藉すべき金額は、各金二〇〇万円が相当である。

(2) 葬儀費用(原告大宮義照) 金二七万四、八七四円

同原告は、昭和四六年九月二二日、大宮義彦の葬儀のため、金二七万四、八七四円を支出した。

(3) 弁護士費用 各金四五万円

原告らは、本件原告ら訴訟代理人に訴訟委任をし、それぞれ着手金として金一五万円、報酬として金三〇万円合計金四五万円を支払うことを約束した。従つて、同額が原告らの弁護士費用の損害である。

六、結論

被告らに対し、各自、原告大宮義照は、金五四九万一、二七四円、原告大宮リツ子は、金五二一万六、四〇〇円と、右各金員に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和四七年三月一五日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求の原因事実に対する認否と主張

一、請求の原因事実に対する認否

(一)  請求の原因事実中第一項の事実は認める。

(二)  同第二項の事実は認める。ただし、大宮義彦の受診時の訴えが発熱と嘔吐であつた事実は認めるが、その余の症状については不知。

(三)  同第三項(一)の事実は認める。ただし、翌日昼ごろの来院を指示した事実はない。同(二)の事実は不知。同(三)の事実のうち、原告らが被告里井伸吾に対し再度の大宮義彦の診察を求めたことは認め、その余の事実は否認する。同(四)の事実のうち、原告らが被告平山昭夫に対し大宮義彦の診察を求めたことは認め、その余の事実は不知。同(五)の事実うち、被告平山昭夫が原告ら主張の診療行為をしたことは認め、その余の事実は否認する。同(六)の事実は不知。同(七)の事実は認める。同(八)の事実は認める。ただし、市大病院での治療時点で、大宮義彦の症状が手おくれの状態であつたことは争う。大宮義彦のこの程度の状況(発病後二四時間内)で発症が確認されるのがむしろ通常であり、二、三日後に確認されることもある。

(四)  同第四項は争う。

(五)  同第五項のうち、大宮義彦の死亡時の年令、就労可能年数が原告ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。

二、被告らの主張<略>

第四  証拠関係<略>

理由

(原告らの不法行為に基づく請求について)

一請求の原因事実中第一項、同第二項(一)(二)の各事実(ただし、訴外大宮義彦の発熱と嘔吐以外の症状はのぞく)は、当事者間に争いがない。

二大宮義彦の症状と被告らの診療の経過について

(一)  被告里井伸吾が、昭和四六年九月一九日午前〇時三〇分ころ、大宮義彦の胸部、腹部、咽喉を診察したうえ、感冒と診断し、解熱剤(坐薬)と感冒薬を投与したこと(第一回診療行為)原告らが同日午前一一時三〇分ころ、同被告に再度の診察を求め、同被告がこれに当つたこと(第二回診療行為)原告らが同日正午ころ、被告平山昭夫に大宮義彦の診察を求めたこと、同被告が大宮義彦の胸部、腹部の聴打診をしたこと、被告里井伸吾が同日午後九時ころ、原告らから浣腸の結果血便が出た旨の連絡を受け、原告らに市大病院に行くよう指示したこと、市大病院の医師は、大宮義彦が腸重積症に罹患していると診断し、直ちに髙圧浣腸による重積整復を試みた後開腹手術をし整復に成功したこと、しかし、大宮義彦は同月二〇日午前五時二三分、腸重積症に伴う急性心不全で死亡したこと、以上のことは当事者間に争いがない。

(二)  (一)の争いのない事実や、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する<証拠>は採用しないし、ほかにこの認定に反する証拠はない。

(1) 大宮義彦は、昭和四六年九月一九日午前〇時ころ、突然泣き出した。そこで、原告らが検温すると熱が三八度あり、ミルクを飲ませたがすべて吐き出し、体をおり手足をひきつけてかん高い声で泣いた。

(2) 原告らは、同日午前〇時三〇分ころ、被告里井伸吾の問診に答えて大宮義彦の前記症状を説明した。大宮義彦は、そのとき顔色が青く、手足をひきつけて大声で泣いていた。同被告は、感冒と判断し、感冒に対する措置を講じた。

(3) 大宮義彦は、帰宅後朝まで、顔面が蒼白で、手足をひきつけて泣き叫び、原告らが飲ました薬、ミルク、茶を一五分位の間隔で吐き続けた。大宮義彦のこのときの症状は、薬がきいたためか熱が下つただけで、その他の症状は一向によくならなかつた。

(4) 被告里井伸吾は、同日午前一一時三〇分ころの第二回診療行為時に、原告らに、大宮義彦の便の有無、薬を飲ませたかどうか尋ねた。原告らは、便が少し出たこと、一回薬を飲ませたがすべて吐き出したこと、および第一回診療行為後の症状を説明した。大宮義彦は、その時青色い顔面をし、力のない状態で以前ほど泣くことはなかつた。原告らが同被告に茶やミルクを飲ませないほうがよいのではないかと尋ねたところ、同被告は、大丈夫だから飲ませるよう指示した。原告らがこの指示に従いその場で茶を飲まませたところ、大宮義彦は間もなくこれを吐き出した。更に、原告らが同被告に腸の病気ではないかと尋ねたところ、同被告は、「変な病気でなければいいのだが」と言うだけで、大宮義彦に対し聴打診等の診察をせず、原告らに病気の説明もしないで、食欲増進剤を与えただけであつた。そして、同被告は、原告らに浣腸してみてはどうかと指示した。

なお、この日は日曜休診日で、同被告は診察室の掃除中であつた。

(5) 原告らは、被告里井伸吾の前記処置に不安をいだき、その足で平山昭夫に診察を求めた。

同被告は、原告らから今までの大宮義彦の症状の説明を聞いてから、胸部等を聴打診し、腹部を二回触診したが、腹部に腫瘤を触知しなかつた。もつとも、大宮義彦は、胸部の触診のとき、一回泣き叫んだ。同被告は、診察の後、感冒気味で腸が弱つていると診断し、原告らに解熱剤(坐薬)の挿入方法を指導してそれを渡した。しかし、大宮義彦の熱は下つたままであつた。

(6) 大宮義彦は、被告平山昭夫の診察を受けて帰宅したが、帰宅後もその症状は改善されなかつた。

原告大宮リツ子は、同日午後八時ころ、大宮義彦の症状に不安を感じ、「赤ちやんブックス」と題する本の「腸」の部分を調べたところ、腸重積症の症状が大宮義彦の症状に酷似していることに気づき、その本の示唆によつて浣腸をした。すると、血便が出た。

同原告は直ちに被告里井伸吾に右事実を電話で連絡したところ、同被告から市大病院に連れていくよう指示され、その指示に従つた。

(7) 市大病院小児科医訴外倶野征一郎は、大宮義彦を診察したところ、その腹部(回盲部)に腫瘤を触知した。更に同医師が浣腸をしたところ、吹きとぶようにして大量の血便が出た。

そこで同医師は、腹重積症であると判断し、高圧浣腸をしたが、少し重複部位が整復しただけで、ほとんど整復できなかつた。そこで、同医師は、外科に転科させた。

同病院第一外科医師訴外山下隆夫らは、大宮義彦の開腹手術をして、五筒状の重積を徒手整腹した。しかし、大宮義彦は、右手術後である同月二〇日午前三時二〇分ころから、唇と爪に少しチアノーゼが現われ始め、循環障害をおこし、午前五時二三分心不全で死亡した。

三腸重積症について

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  腸重積症は、男の乳幼児に多く発病がみられる疾患であつて、腸の蠕動亢進により腸管の一部がこれと連続する腸管内に嵌入するものをいう。

(二)  急性回盲部腸重積症は、前駆症がなく突発することが多く、数日前から感冒様症状、上気道感染症が前駆症としてみられる場合もある。

(三)  この突発症状は、劇烈な腹痛と頑固な嘔吐にはじまる。

乳幼児の腹痛は、不意に泣き叫び、顔面蒼白になり下肢を縮める症状を呈する。この腹痛は数分持続して寛解するが時間の経過とともに発作が強くなり、甚しく苦悶状を呈し、呼吸は促進し、急に説力して、本症特有の無欲状となり、グッタリしてくる。この段階で、浣腸すると、粘血便がでてくるので、腸重積症の疑いが濃厚になる。

嘔吐は、頑固で、最初は胃内容であるが、次第に胆汁を混じ稀に血液を混じてくることがあり、遂には糞便すら嘔吐することがある。

(四)  一般に発熱は伴わないが、乳児には時に発熱、痙攣のあることがある。この発熱は、腹膜炎の併発によるものと考えられる。

(五)  腹部は初期には膨隆や緊張することがなく、むしろ柔軟であるが、注意して観察すると蠕動不穏を認めることができる。

重積瘤は、索状又はバナナ状で回盲部に触れることが多いが、時に移動し、或るときには触れ難いことがある。又腹痛の発作による腹壁の緊張や、患者の激しい号泣のため、腹部の重積瘤の触知ができないことがある。このときには、疼痛の去つた時、又は麻酔剤を用いて触知するか、直腸指診によつて触知できる。そうして、レ線透視によつて閉鎖部位を見ることが、診断、治療の目的上しばしば行われる。

重積瘤に触知したときには、圧痛がある。この重積瘤が触知できたときには、腸重積症と間違いなく診断できる。

(六)  腸重積症は、乳幼児に多く、危険な疾患であるから、早期に確実な診断が必要であるが、それには、発作的劇烈な腹痛、激しい頻回の嘔吐が認められ、一般状態が重篤で本症特有の無欲状となりグッタリしてきたときには、何はさておき浣腸をして、粘血便の有無を検査するとともに、重積瘤の触知に努力すべく、腸重積症の疑いが濃厚な場合には、レ線透視によつて早期にその診断を確定しなければならないのである。

(七)  治療方法としては、高圧浣腸による整復法があるが、これが不成功の場合は、直ちに開腹手術によつて治療する。しかし、発病後二四時間以上経過すると手術が不成功に終ることが多いし、発熱を伴う場合の予後も悪い。

四被告らの責任

被告らがした診療行為が適切であつたかどうかを、腸重積症の主徴(腹痛、嘔吐、粘血便、腹部腫瘤)に照らして考究する。

(一)  大宮義彦は、昭和四六年九月一九日午前〇時ころ突発的に泣き出し、体を折り曲げ顔面蒼白になつて嘔吐したのであるから、劇烈な腹痛と嘔吐があつたことになり、これが間欺的に持続するところからして、大宮義彦の腸重積症の発病はこのときであるとしなければならない。

(二)  しかし、被告里井伸吾が第一回の診療行為をしたのは、初発の腹痛と嘔吐のあつた直後であり、腹部を触診してもまた重積瘤を触知できない段階であつた。そのうえ、大宮義彦に発熱があつたのであるから、同被告が、感冒と考えたことは無理からぬ点がある。

そうはいつても、感冒による胃腸障害と、腸重積症によるそれとは、その症状や機序が全く異るのであるから、同被告としては、少なくとも、原告らに対し、腹痛、嘔吐が何時までも続くようなら直ちに連絡するか、来院するよう指示して大宮義彦の病状の経過観察を怠るべきではなかつた。しかし、同被告は、同月一九日が日曜休診日であつた点から、このような配慮をしなかつた。

当裁判所は、同被告の第一回診療行為についてこの点に手落があつたと判断する。

(三)  同被告は、第二回診療行為の時、原告らから、大宮義彦が第一回診療行為後、間歇的腹痛と頻回の嘔吐をもよおし少しもよくならないことを問診によつて知つたし、大宮義彦は、その時顔面蒼白で泣く力もない程脱力、無欲状態に陥つていることも、一見して判つたと考えられる。大宮義彦のこれらの症状は、腸重積症を疑うに十分の症状である。従つて、同被告としては、感冒とは様子が違うことに気付き、腸重積症を疑つて直ちに浣腸を試みて血便の有無を検査し、腹部の触診を試みるべきであつた。しかし、同被告は、大宮義彦の症状を注意深く診なかつたため、依然として感冒であると考え、腸重積症の疑いで診察しなおし、適切な処置をとることを全くしなかつた。

当裁判所は、同被告の第二回診療行為についてこの点に手落があつたと判断する。

もつとも、同被告は、原告らに浣腸をするよう指示してはいるが、同被告は、原告らに直ちに浣腸し、血便か出たらすぐ連絡するようにと具体的に指示したわけではないから、同被告のした指示はこの場合適切なものとはいえないのである。

(四)  原告らは、被告里井伸吾の第二回診療行為を受けたその足で被告平山昭夫のところに赴き、夜半から現在までの大宮義彦の症状をるる説明したのである。同被告は、大宮義彦の劇烈な間歇的腹痛、頑固な嘔吐の事実を聞き、大宮義彦の一般的症状の悪いことを念頭に十分注意深く診察すべきであつた。特に同被告が腹部を触診したとき、大宮義彦が泣き叫んだのであるから、腹部の異常に気付き、直ちに浣腸を試みて、消化器の障害の有無を確認すべきであつた。しかし、同被告は、被告里井伸吾が感冒であると診断したことに安易に追従し、大宮義彦の症状から、当然腸重積症を疑い、その疑いに基づき適切な診察、治療をしなかつたものである。

当裁判所は、同被告の診療行為について、この点に手落があつたと判断する。

(五)  乳幼児の腸重積症は、めずらしい疾患ではなく、その典型は急性回盲部腸重積症である。しかも、同症は、早期診断を必要とするのであるから、劇烈な間歇的腹痛、頑固な嘔吐があれば、小児科医は本症の発病を疑い、患者の一般的状態を観察するとともに、浣腸による糊血便の有無を検査し、腹部重積瘤の発見に努めてその疑いの確認を急がなければならないのである。そうして、このことは、当時の医学水準に照らし、どの開業した小児科医に対しても、要求でき又期待できる事柄に属するのである。従つて、当裁判所が被告らの手落として指摘した点は、被告らが開業中の小児科医である以上、決して高度の医療上の基準に立つたうえでの指摘ではないといわなければならない。

以上の次第で、当裁判所が被告らの手落と判断した点は、被告らの本件診療行為上の過失と評価して妨げない。

(六)  被告らの前記診療上の過失と大宮義彦の死亡との因果関係

急性回盲部腸重積症は、その経過が急激で、二、三日で死亡することが少くなくない。しかし、早期に発見され、非観血的療法が施行されれば、死亡率は〇パーセントである。観血的療法での死亡率は、〇―45.4パーセントである。もつとも、二四時間以上経過したものは、手術しても不成功に終ることが多い(死亡率14.3―26.4パーセント)。本症全体の死亡率は2.3―5.2パーセントである<証拠略>。従つて、小児科医は、前掲四主徴を手掛りに、早期にこれを発見し、適切な措置を講じなければならないのである。

当裁判所が、さきに被告らの過失として指摘した点は、いずれも、被告らが、大宮義彦の症状とその経過に対する注意深い観察、分析を怠らなかつたら、早期に大宮義彦が急性回盲部腸重積症に罹患していることが判り、適切な措置をとることができたし、それがとられていたなら、大宮義彦の死亡は避けられたといえるのである。従つて、被告らの過失と大宮義彦の死亡との間に因果関係があるとしなければならない。

五損害

(一)  大宮義彦の損害

(1) 逸失利益 金二一六万円

死亡時 〇歳六か月(当事者間に争いがない)

就労可能年数 四五年(一八歳から六三歳まで、当事者間に争いがない)

平均賃金 月額金四万三、七〇〇円、年間賞与金六万二、六〇〇円(昭和四六年賃金センサス第一表男子労働者一八歳〜一九歳の平均賃金による)

生活費控除 二分の一

(43,700×12+62,600)×0.5×{19.0750(63年のライプニッツ係数)−11.6895(18年の同係数)}≒2,160,000

(2) 慰藉料 金五〇万円

(二)  原告らの相続によつて取得した債権額 各金一三三万円

原告らは、以上の合計金二六六万円の各二分の一の額を相続によつて承継取得した。

(三)  原告らの固有の損害

(1) 慰藉料 各金二〇〇万円

(2) 葬儀費用(原告大宮義照)金二五万円

原告大宮リツ子の本人尋問の結果によつて成立が認められる甲第九号証、同原告の本人尋問の結果によると、原告大宮義照が大宮義彦の葬儀費として金二七万四、八七四円を支出したことが認められ、この認定に反する証拠はない。そこで、同原告が、本件の損害として被告らにその賠償が求められる額は、金二五万円が相当である。

(3) 弁護士費用 各金三〇万円

原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の訴訟委任をしたことは、当裁判所に顕著な事実である。そこで被告らに賠償を求めることのできる原告らの弁護士費用の損害は、各金三〇万円が相当である。

六むすび

以上の次第で、被告らは各自、原告大宮義照に対しては、金三八八万円と、うち金三五八万円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四七年三月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、大宮リツ子に対しては、金三六三万円と、うち金三三三万円に対する同日から支払いずみまで同割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの本件請求をこの範囲で正当として認容し、これを超える部分を失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 下村浩蔵 春日通良)

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